没人間は愚かでも醜悪でもない、牙を抜かれた悲しき虎だ
ここまで没人間の製造ダイナミクスを見てきてお分かりいただけたと思う。没人間も最初は赤子の段階という牙を持った虎として草原を闊歩して自らのやりたいことを目指して進んでいた時期がある。だが国家権力の介入と身体精神の国有化によって牙を抜かれて調教された虎の姿が没人間なのである。
例えば職場のみんなから嫌われている人間がいる。その人は組織の規律を盾にとって細かいことを棘のある言葉で指摘してみんなから嫌われている。言って仕舞えばその人間は組織の規律と内面化された権威に躾けられてしまった末路の没人間の成れ果てだ。
だがその人には家庭がある。私が家庭のエピソードを聞いた時に、職場のみんなから嫌われているこの人にも帰りを待っている人間がいる。そのことを知って僕は吐き気がした。その吐き気が何に対する吐き気だったのかはわからない。だがその人に対してではないということはわかっていた。
序文で語ったお偉いさんに関しても同じことが言える。あの人にも家庭がある。帰りを待っている人がいる。みんなが成長できる場所という文言も僕にとっては欺瞞だが、あの人にとっては真意なのかもしれない。それに簡単に本社に上られて、自分の地位を脅かされてしまったら、そのお偉いさんの給料で養う家族はどうなってしまうのだろうか。
子供の習い事や大学進学などを諦めさせてしまうことになるかもしれない。権威を守り、守らせる人。規律を守り、守らせる人。それらはただの守銭奴で冷血漢ではない。ただあの人たちもシステムによって自分の命や大切な人との生活が人質に取られてるんだ。
むやみやたらに俎上にあげて攻め立てることはできない。諸悪の根源はこのシステムにある。このシステムが赤子だった頃の自由な実存の灯火を消して、牙を抜くのだ。僕が配属通知式やバイトの嫌われてる人に対して感じた吐き気の正体は、システムの醜悪さだった。
あまりにも人間的な側面としての客体と、あまりにも機械的で規律的な人形としての側面が同じ人間から生み出されている不気味さに吐き気がした。自分の命や扶養家族がいるほどにその組織に忠を尽くし、使える労働力としての記号を守らないと明日の大切な人との生活が脅かされる。
それゆえに冷血漢や守銭奴のように見えただけだった。モンスターだと思えば楽だったかもしれない。でもその人たちの人間的な側面を突きつけられたことで、私は行き場のない閉塞感と悲哀、そして吐き気に襲われたのであった。この青天井の成長を夢見るシステムを許してはいけない。
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