#04「計画的陳腐化の罠」――なぜ新車のCMは、あなたから400万円と真の幸福を奪い続けるのか?

哲学コラム連載『存在論的コンフリクトの発散』システムと個人はどう折り合いをつけるのか〜

本来的創造

なぜ人間は人間関係による幸福を忘れて記号的生産に走ってしまうことが多くなったのか。

それは資本主義というシステムが、文明の発展という目標を達成させるために、本来の人間的幸福を隠蔽して、記号的消費に盲目的に追わせる仕組みを完成させてしまったからである。

例えば車のCMでも本来の使用価値は移動の利便性の向上であるのにもかかわらず、意匠にこだわって必要のない機能までつけて、最低限の機能を持った車の倍額以上で売りつけるのも、

広告のメッセージは潜在的に機能が限られた車よりも、過剰なほどの機能を搭載してかつデザインも良い車の方が格好がつくから、今の車から乗り換えろというものが感じられる。計画的陳腐化というものだ。

そもそも車は十分普及しているため何も新しく車のCMを流す必要も、本来はないはずだ。

そしてしまいにはその車で楽しそうにドライブする様子を見せることで、新しい車をみんなに見せびらかして自慢することが幸福であるというメッセージを潜在的に植え付けているのである。

人間の幸福には高い車も高いバッグも地位も名誉もいらない。必要なのは健康で文化的な最低限度の生活に過ぎない。そのことを社会の発するノイズによってかき消されて彷徨っていう人間で現代は溢れている。

本来的創造は幸福ばかりではない、人間関係のトラブルや諍い、仲違いによって私たちはいつも心を乱される。

そして集団への過剰な所属欲求による迎合行動は、アイデンティティを没個性化させるため注意が必要だ。

しかし傷つくことを恐れていては人間関係を築くことができず、傷つくことを恐れて不幸になり、傷つくことすら厭わずに人間関係に身を投じることで私たちは幸せになれる。

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