#25「傷つかない保険」をかけた瞬間、恋愛は死滅する――冷笑主義の自己欺瞞が奪う不可逆な生の燃焼

哲学コラム連載『存在論的コンフリクトの発散』システムと個人はどう折り合いをつけるのか〜

主人間におけるマクガフィン

それは恋人でありパートナーのことである。血も涙もない身もふたもない話だが、この世界には運命の人という言葉の運命そのものが、主人間の懐の中にあるため存在しない。神が決めるのではなく主人間自身が決めるのである。そのためパートナーは極論心さえ惹かれていれば誰でもいい。むしろ強く心が惹かれるほどいい。

なぜそう述べるか。それは主人間のカオスを高速で回転させるガソリンになるからだ。恋愛などフェニルエチルアミン(PEA)とオキシトシン、エンドルフィン、ドーパミンが見せる幻覚でしかない。PEAは長くても3年で分泌が止み、オキシトシンによる緩慢な安心感だけがその後続く。言って仕舞えば恋愛とはやたらと香水くさい大麻である。

重要なのは心が惹かれれば惹かれるほど相手に心を揺さぶられる。そのカオスを楽しむことなのである。心惹かれない相手だとその波紋がないため幸福にはつながらない。そして心が惹かれさえすれば相手は誰でもいいし、相手とどんな結末になろうとも、その過程での計量・交換・保存・予測が不可能な生の燃焼をして、自分の核が壊れて、強くなって再生されたかが重要だ。

相手が聖女であれば好ましいが絶対条件ではない。相手が尻軽女でも気を落とすことはない。いや存分に気を落とすんだ。身体図式として自分の体の一部にまで相手と一体化してしまった時に相手に浮気された時には、この世の終わりかのような気持ちになるかもしれない。

それはあなたの恋愛が至極健全であるという証拠である。そこで立ち直れなくなってご飯も喉を通らず、一日中寝てるばかりの堕落した生活を送ってもいい。人間にはレジリエンスといって、浮気されたからといって自殺するレベルにまで気を落とす例が少ないのも、結局は人間は立ち直れる生き物だからである。

そこで立ち直った際には、もはや世界に絶望していた自分は過去のものである。骨折した骨は治る過程でより強くなるように、裏切られた人間はその痛みを持って至極人間と証明され、システムには感知できないほどの深淵なパトスを持った主人間になれる。

そして勘違いしないでいただきたいのは、スタートは心が惹かれさえすれば誰でもいいが、そこからの道はお互いにお互い同士じゃないといけないというほどの共依存に等しいほどのインタラクティブな熱量が必要だ。ここで別に誰でもいいけどその人にしてるというのは、傷つくことを恐れて保険をかけてるだけの自己欺瞞である。繰り返し述べるが、人間関係においては傷つくことを恐れてはいけない。

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