#26「夢を叶えたのに虚しい人」の心理学――ショーペンハウアーが暴いた幸福のカラクリ

哲学コラム連載『存在論的コンフリクトの発散』システムと個人はどう折り合いをつけるのか〜

世間一般の幸福の脆弱性

これに関しては先人の言葉が頼りになる。ショーペンハウアーは人生は苦痛と退屈の振り子であると述べた。世間一般の幸福は安定した生活に安定した人間関係に安定したキャリアから安定した老後、そして奢侈ができれば好ましいといった感じであろう。

この幸福像を追い求める過程で私たちは努力の苦痛を味わう。しかし一度幸福が達成されたら今度はその生活が退屈になる。退屈を紛らわせるためにさらに幸福を目指して苦痛になり再び達成した結果退屈になる。この繰り返しである。

私が思うに、結局のところ幸福は麻薬とほぼ同じである。麻薬も一度摂取すれば快楽を得られるが、その後抜けた時に禁断症状が起きて、以前の量じゃ足りなくなり、さらに量を求めて、それの繰り返しである。世間一般の幸福像は一度幸福になったら、幸福になる以前の暮らしには戻れなくなり、退屈の結果さらなる幸福を目指して同じことを繰り返す様はまさに同じだ。

そしてカミュの哲学においても、人間は無限の労苦に処されていると述べており、それはシーシュポスは神を欺いた罪で無限の労苦に処されて、その内容が大岩を山頂まで運び、ついたらまた山の麓まで下ろされて最初からやり直しという、まさに現代人のライフスタイルを象徴している。

・・・続く。

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