社会に感知される幸福は幸福ではない ── ACEPHALE設計思想の4要素

アプリ開発関連

計量・交換・保存・予測。 これらは、社会に感知されやすい要素たちである。これらの要素を満たす客体は、社会に感知された途端、マネタイズされ、名前、数字、ステータスがつけられ、中身が詳細に分析されたのち徹底的に計量・保存がされる。

そしてオブジェクトとして扱いやすくなったところで、マネタイズされる際につけられた値段で交換され、温かみでさえも正体が暴かれて、次の挙動まで予測可能になってしまう。

これらに当てはまるものを挙げていこう。

  • 高級車
    • 高い値段という「計量可能性」
    • 売り買いで消える「交換可能性」
    • ガレージに入れてメンテナンスできる「保存可能性」
    • 走行距離や金属疲労によって摩耗し減価償却する「予測可能性」 これら全てを満たした高級車は、手に入れても一時的な所有欲を満たせるかもしれないが、限界効用逓減の法則によってあっという間に満足度は無限小になる。
  • 本社の管理職という記号(目に見えないもの)
    • 給料という値段で「計量」される。
    • より優秀な人が現れたり、世代交代によって替えが効く「交換可能性」がある。
    • 従順な記号としての働きを保っていれば「保存」される。
    • 次期に部長や役員のような上の役職につくことが「予測可能」である。 その時点で、本社の管理職という地位は交換可能なオブジェクトとして、その地位を守るために馬車馬のように働く羽目になる。そこに仕事への情熱というパトスはなくなり、権威を守るという冷徹なロゴスが抜け殻のように残る。

4要素を満たすのが「不可能」な客体とは何か?

まず先に思い浮かぶのが「愛」である。

愛というのは、なんらかのスケールで計量化するのは不可能である。逆に相手を年収や資産というスケールで測った瞬間に、相手はATMに成り果てて幸福は破綻する。 交換可能性に関しても、絶対に「特定の相手ではないといけない」という代替不可能性がある。年下で年収一千万以上といった条件で相手を選んだ場合は、その条件を満たしていれば誰でもいいということであるため、交換可能性があるということになる。交換不可能な愛とは、優しくて向上心があるといった条件があってもなくても「相手じゃないといけない」という状態のことである。

そして愛においての「保存可能性」は、そこで交わした会話や重ねた手の温度、共に過ごした時間の全てはその場限りのもので、二度と同じ時間を過ごすことができないという尊さと儚さがある。これはお互いが人間である以上は、常に変化し続ける予測不可能性の実存であるということに起因する。会話のすべてのログを残したり、皮膚の表面温度をサーモグラフィーで測っていない限りは、それらの記憶は忘却の彼方へ送られるという意味でも保存不可能である。 先述の通り、二人は常に変化し続ける人間という個体であるため、今日の二人と明日の二人はもはや別人と考えても言い過ぎではない。変化し続ける分、二人の関係性も変化し、どこに向かうかもわからないという点が「予測不可能」な点である。この愛の例えは、友情にも置き換えて考えることができる。

システムの内部で遊ぶ ── 実人間のゲーミフィケーション

そして実は、これは「仕事」でも応用が可能なのである。

給料という「計量可能性」は消えない上に、替えが効く人材というのも変わらない。しかし、システムへの貢献ではなく「あくまでも自分が楽しむために、この仕事をいかに早く終わらせるか」というゲーミフィケーションの考えを仕事の中に取り入れて、いつもと違うやり方で取り組んでみる。 失敗した際の自分の地位は多少は揺らぐかもしれないが、「保存」と「予測」の軸を崩すことで、システムに感知されない部分を増やし、仕事に「遊び」を取り入れることができる。いつでも辞められるように別の収入源を作っておくことは、その組織において保存されることへの執着を捨てることができるため、4つの要素の「保存」という軸も崩すことができる。

「社会に検知される幸福は幸福ではない」

この言葉に解釈を加えると、システムに感知されない部分を少しでも増やすことで、僕たちは生活の中に遊びを加えることができ、そこに幸福の余地を作り出すことができるのである。

「実人間」はこの技術の玄人だ。記号的生産に魂を売りながらも、本来的創造にリソースを割く余力をどうやって実人間が残しているか。それは仕事を淡々とこなすシステムの従者として埋没して思考停止する「没人間」のやり方ではなく、仕事の中に先述の遊びを加えることで自分の自由意志やパトスを社会に検知されない匙加減で加えて、常に能動的思考をアクティブにしているのだ。

一見すると、思考停止してシステムに埋没した方が思考リソースが割かれないと考えるかもしれない。だが実際は、没人間も元々自由な実存だった赤子の頃のパトスが、心のどこかで不完全燃焼を起こしているのだ。悶々と解決されないパトスを横目に思考停止して仕事をするのは、火事になった家の中でも勉強を続けるようなものだ。思考リソースの消費は激しい故に、帰ってからSNSを眺めるという冷却作業が必要になる。

こう言った4要素を極力排斥して生み出したのが僕が作ったSNS[ACEPHALE]である。

ACEPHALEにおいて計量を否定する要素としてはまずいいねが計量されないこと。数字ではなく投稿の千のプラトーでいうところの強度(計量不可能な熱量や意志の強さという解釈)によって評価され、それに応じた強度係数により投稿の最低生存期間が決まり、最大5日間の生存が約束される期間が終わって、ハウ(いいね)がつかないと腐敗していき、4日目には完全に投稿が消される。そうして質の高い投稿だけが深淵タブの掲示板に残るという仕様になっている。逆に言えばみんなからのハウがたくさんつけばそれに応じて生存期間が長くなるということになる。これは同時に保存も否定している仕様に作っている。

自分の投稿にハウをつけることエクトピアタブは医学用語の異所性からきている。本来中心から枝分かれするツリー状の構造がSNSの基本ではあるが、そこから外れて惑星を模した球体からランダムな場所に投稿の点が召喚され、そこから類似度に合わせて線が引かれて、シナジー係数が高いと線が濃くなり、シナジー係数3になればその人との対話の場が設けられる。偶然タブは逆に言葉の類似度が低くて、その反面情動の近さが高い投稿の投稿主との対話の場を設けるという仕組みができている。

偶然タブでは投稿主や投稿時間がマスキングされている。これらにより予測も否定している。交換不可能性に関してはACEPHALEを使って探してみてほしい。使っていくうちにじきにわかると思う。そして全体として一つの投稿に対しての重複したハウには累進してSNS内通貨のポトラの消費量が増えていく。自己ハウも可能だが、保存に固執する者はその分の対価を払ってもらう仕組みになっている。

気になった方はぜひ。

深淵の扉は開かれている。

ACEPHALE ACEPHALE — 無名の魂のための深淵と贈与。 acephale-ea24d.web.app

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